
神岡鉄道、JR氷見線、城端線 2004.08.11
東海の鉄道全線制覇に向けラストスパート
転勤が決まり、4年間生活した名古屋を離れることになった。
名古屋に来て鉄道趣味にまた火がつき現在に至るわけであるが、ひとつ心残りがあった。実は1ヶ所を除き東海3県の鉄道を乗り終えており、どうしてもここにいる間に乗り終えてしまいたかった。
残っていたのは神岡鉄道である。岐阜県の山奥にあり、列車本数も少なく、しかもJR猪谷駅での接続もよくない。
今回は特別にウラワザを使い、この鉄道に乗ることにした。ウラワザとは現地まで車を使う方法である。
車の運転には友人のA氏にお願いし、神岡鉄道の終点、奥飛騨温泉口まで送ってもらい、こちらは列車に乗り、A氏は車で猪谷に行ってもらうことにした。
8月11日の午前10時すぎに奥飛騨温泉口に着いた。もっと古ぼけた駅舎がぽつんとあるのかと思ったら、そうではなく一見山小屋風のしゃれた駅舎が立っていた。駅前には神岡鉄道で使われていた、JRでいえばDE10型のディーゼル機関車が置いてあった。


10時47分発の列車にはまだ少し時間があるので、駅前をうろうろしていったら、駅に隣接している喫茶店「あすなろ」を発見、しばし時間をつぶす。ここのコーヒーは自火焙煎で値段も安くお勧めだ。列車が到着し早速乗り込む。1両編成のワンマンカー。もちろんディーゼル車だ。


いよいよ神岡鉄道に乗車
10時47分ちょうどに出発。さすがに夏休み期間中なのか、家族連れなども多く、車内は思いのほか埋まっていた。
奥飛騨温泉口を出ると、すぐに神岡大橋に到着。こんなに近くに駅を設けてどうするのか?乗降客は当然無しですぐ出発。次の飛騨神岡が神岡の中心地に近く、ここで数名の乗車があった。
神岡鉱山前はまさしく神岡鉱山が右手に見え、ここでタブレット交換が行われる。
神岡鉱山を過ぎると、長いトンネルに突入した。窓を開けていたのだが、寒くて閉めてしまう。トンネルを抜けると鉄橋、またトンネル。なんでも全線の6割がトンネルだとか、どおりでトンネルが多いはずだ。
途中に見える川は神通川だろうか。川の色は緑白色で、白く濁っている。途中駅でも数名の乗り降りがあり、30分ほどで猪谷に到着。駅にはJR東海の高山行き普通(キハ47)とJR西日本の富山行き普通(キハ120)がそれぞれ止まっていた。
猪谷駅はJR東海とJR西日本の境界駅なのだ。(駅そのものはJR西日本)
いきおいで氷見線、城端線も乗車
これで東海3県の鉄道完乗を無事達成した。ここでA氏と合流。
本来ならこれで終わりなのだけれど、まだ時間もお昼前。どうせなら富山県の残っている鉄道を少しでも乗ってしまおうということになった。
時刻表と地図を見て、JR氷見線、城端線を乗り継ぐことになった。これなら高岡駅で乗り換えれば、2線を乗り通すことができる。
向かったのはJR氷見駅。富山湾に面した漁港のある町だ。
13時19分発の高岡行きに乗ることにし、ここでまたA氏と別れる。
氷見線は忍者ハットリくん列車


やってきたのはキハ28。列車全体に忍者ハットリくんが描かれたイベント列車だ。
なんでも忍者ハットリくんの作者、藤子不二雄A氏が氷見の出身で、このこの企画が実現したとか。これから乗る城端線にも走っているらしい。
13時19分発の高岡行きは、部活帰りの学生などを乗せ、出発した。
氷見駅からはしばらく海岸沿いの松林の間を走る。海は目の前だが、松に邪魔されなかなか見えない。
海水浴場などもあるようだが、海が見えるのは一瞬だ。雨晴(あまはらし)駅に到着すると、富山湾が一望できるようになった。ここから越中国分駅までの間は、まさしく波打ち際を走る。
すばらしい眺めだ。越中国分を過ぎると、海岸線とは別れを告げ、工場地帯の中を走る。途中、伏木駅を過ぎ、越中中川では学生がたくさん乗り込んできて、車内は満員になった。
北陸本線の架線が近づいてきて、しばらく走ると高岡駅の1番ホームに到着した。
ここで城端線に乗り換え。待ち時間が30分程度あるので、駅のホームをうろうろしたり、金沢行きの特急「はくたか」を見送ったりして時間をつぶす。
駅弁頬張りながらと城端線を満喫
城端線の乗り場は、6番ホーム。氷見線のホームとは端と端だ。列車は出発の10分以上前にやってきた。こちらも氷見線と同じハットリくん列車だが、車両はキハ40だ。

ここでも学生がたくさん乗り込む。なんとか席を確保し、富山名物「ますのすし」をほお張る。
定刻の14時13分発
車。しばらく街中をぬけたと思うと、ずっと田園地帯を走るようになった。
途中の礪波駅で列車列車交換。砺波はチューリップで全国的に有名なのだけれど、いまはチューリップ畑もどこにあるのかわからない。
アップダウンの少ない、のんびりした車窓を楽しみながら、50分ほどで城端駅に到着した。
この駅でA氏と再会し、無事氷見線、城端線も完乗した。
帰りは五箇山の合唱造り住宅や、荘川桜(葉桜)を眺め、無事帰宅した。